我が家のこどもたちは、公立の小学校に通うことを選択しなかった。

 

今は兵庫のオルタナティブスクールに通っている。

 

<行っても行かなくてもどちらでもいいから、行ってみて決めたらいいよ>

と話して始まった小学校生活は、どうしてもリズムが合わずに朝起きてこなくなった。

 

・休み時間が始まったと思ったらすぐ終わってしまうこと

・宿題があること

・授業中ずっと座ってなくてはいけないこと

・朝上級生が迎えにくるまでに準備をするのが苦痛

・おとなにやりたいことを邪魔される

 

などなどいろいろ感じることがあったらしい

 

「行ってきまーす」

 

って出て行ったあと、ゴミ捨てにとドアを開けるとドアの外に立っている。

 

行きたくないの?

ときくと、

「うん」

と答える。

 

ついには、朝起きてこなくなった。

 

If 

(2013年ホームスクーリング真っ只中)

しばらくホームスクーリングで当時3歳の弟と家で、公園で、博物館で

いろんな場所で過ごしてきてとっても楽しかった。

 

でもだんだんと

 

友達と遊びたい

と言い出して、どんな学校なら行ってみたいかと尋ねたところ

 

いろんな年齢がミックスてやりたいことを大人に邪魔されないところ

 

というのが今通っている学校とマッチして

見学に行った。

 

 

明日からでもここに通いたい!

 

と言うので、親戚も知り合いもいなかった兵庫に引っ越してきた。

 

兵庫の暮らし、5年目。

 

ふたりともそのスクールへ

ただいま長男小6、次男小2の年齢。

 

テストも宿題もカリキュラムもない自由な学校で、自由っていう厳しさにももまれながらも安心して過ごせる居場所で過ごしている。

 

毎日とっても楽しそうだなあ

こんな学校、わたしも小さい頃行きたかったなあって

ちょっと羨ましくもある。笑

 

 

 

そんな感じで普通の公立の教育を選択しなかったので

公立の学校教育に疑問を抱いている方から相談を受けることがる。

 

 

学校へは行くもの、あたりまえに行かせる場所

義務教育だから

など

 

学校へあまり行かなかったわたしも、小さな頃親に言われた言葉。

 

小5のとき

「世間体とわたしと、どっちが大事なの?」ってお母さんに噛みついたのを今でも覚えてる。笑

 

 

 

義務教育は、親がこどもに教育を受けさせる義務であって

子どもが学校へ通わなくてはいけない義務ではない。

 

こどもは、健やかに成長するために普通教育を受ける権利がある

だけのはなし。

 

そして、

教育方法やその場所は指定されていない。

どこで過ごして、どんな風に学んでもいい。

 

 

 

それなのに、ほとんどのひとが誤解してる。

 

公立の学校ではない学校で学んでいることを

学校へ通えるようになるように更生施設に行っている

なーんて勘違いしている人に出会ったこともある。泣

 

 

決まったメンバーで

決まった時間割があって

決まったスピードで

できないとおちこぼれになってしまって

せっかくお家に帰っても残業みたいに宿題があったり

あたえられたこと、大人の言うことをきかないと怒られて、、、

 

わたしは合わない子に公立の教育を受けさせることはもったいないと思ってる。

 

合わない子には、ね。

だって、それさえも楽しめる子だっていてそれはそれで幸せなこと。

それに、それは公立の学校の教育に限ったことではなくて、全て。

 

今いるところだけで、合う合うわないで優劣がつくわけでもなくてひとりひとりのただの個性。

 

公立の教育の中ではいわゆるおちこぼれになってしまっても

安心できる場所、ペースであればものすごく自分のチカラや魅力を発揮する場合だってある。

(まあ、まずふつうに、安心できる場所で過ごせたら幸せなこと)

 

 

わたしたちは、ひょいっと合う学校を見つけてうつってしまったけれど

住んでいるところ、状況によってはその選択肢が用意できないことだってたくさんあると思う。

 

だからこそ、親として過ごしている友達から不安を抱いている話を耳にする。

 

いま居る学校での評価、価値観が全てではなくて

いろんな世界と生き方があるってこと

 

それだけ親や周りの大人がフォローできてたら大きいっていうことを話す。

 

 

これはわたしが学校へいきたくなかったこどものころの経験から

 

 

当時親には諦められちゃってたけど(まあそれはとっても感謝ではあるけどね)

学校に行かない間に出会ったいろんなステキな大人のひとたちにそんなふうにフォローしてもらえてたとおもう。

 

それでもやっぱり、親には学校へ行かず家にいる選択をしたことを肯定されて居るとは感じれず

出来ることなら行って欲しいって思われてたのはものすごく感じてたので

 

 

学校っていうシステムになじめない自分でごめんね

世間一般っていうシステムになじめない自分でごめんね

 

っていう気持ちのまま大人になって

 

親の範疇の中で安心させられない人生を送っている自分を責めているわたしに何度も出会った。

 

こどもっていつのまにか、

親のために

親を喜ばせたくて生きてる

のね、、泣

 

 

大人になってそんな自分に出会うたびに、

自分はどうしたいのかという本音と

その通りにしかごまかせず生きれない性分の自分

でもそれは親を苦しませてしまう(と勝手に思ってる)自分に出会って

 

たくさん葛藤した。

 

わたしの選択は大切な人(親、ひいてはわたしの中に出来上がった社会通念)を苦しませるってずっとどこかにあったもん。

 

わたしの選択、つまり

 

わたしが

これがいい、これが好き!と思う選択。

 

親が、こどもの選択をジャッジするのは

ただの好みだったりする。

たとえば

好きに過ごしなさいと言う割には

積み木や外遊びならよくてゲームは制限したり

 

わたし(親)の好きなことなら好きに過ごしなさい

 

だよねそれ。笑

とかとか。

(わたしも親になってそんな自分になっていることに気づいてハッとしたこと多々ある。。)

 

もちろんそれはこどもと過ごす大人として気をつけなくちゃいけないことなんだけれど

 

だいたいそれ、自分にも許せてないことだから

まず、自分が自分に制限してることをさせてあげないといけない。

 

社会通念の中で認められやすいことはしていいけど自分が感じる好きやこれ!っていう選択ができなくなってたり、

それをすることに罪悪感を感じてしまったり。ね。

 

おかあさん(お父さん)だって我慢して大人になったんだからあなたもこうして大人になりなさい

 

って気づかないうちに押し付けてる、、、きゃーこわい。

 

 

あと、

 

・学校にいかないと誰かと関わらないと社会性が身につかないんじゃないか

・大人になった時どこにも雇ってもらえないんじゃないか

 

っていう声。

 

 

社会に出るって、雇われること前提なの?

自分で仕事つくることだってできるし

どんどん新しい働き方が出てきてる

(ユーチューバーになりたいとか、そういうのだっていいじゃないって思う。)

 

だいたいどの世代でも親世代と子世代で働き方の価値観の軋轢は生じる

信じられない、、って。笑

 

わたしの周りで学校に行っていないこどもでも、まわりときちんとコミュニケーションとれてるし、

むしろ好きなだけ自分の世界に没頭できて幸せそうな子もいる。

 

一緒に遊ぶ子がいたにこしたことはないけれど

いなくてもちゃんと成長するし

むしろ<個>の成熟度がすばらしくて素敵に成長してる子どももたくさん見てる。

 

 

その子その子ひとりひとりによって

安心して成長できる環境は違うから

 

大人がそれをふまえたうえで、場所なり価値観の選択肢があるって提示出来ることがとっても大事だなあって感じている。

 

それに、どこで育っていったって

 

子どもとの暮らしの中で生まれる葛藤は

親が抱えてる問題であることがすごく多い。

 

っていうかもうほぼそれ、、、泣

 

だからその悩みにぶちあたったとき

 

 

 

「どうしてわたしはそれを問題と思うのか」

 

っていうところを掘り下げまくることをおススメする

 

 

 

誰が決めたのかわからない

 

これがいい、これはだめ

 

でジャッジしていたり

わたし(親)はこれがいいとおもっているけれど思い通りにいかないことでひとり勝手にプンプンしてることがほとんどだ。苦笑

 

あーもうわたしだって書きながら耳がいたい話。笑

 

きっと多くの親が葛藤するところ。

 

でも、とっても向き合い甲斐のあるところ。

 

そうやって自分も成長できる、いいチャンス。

 

 

これって別に親としての毎日だけじゃなくて

パートナーシップも友達関係も全ての人間関係で言えること。

 

だれかと生きる、っていうのはそういうのをまざまざと見せてくれるから。

ぐちゃぐちゃになりつつもいっぱい味わうことをオススメします。笑

 

 

親が

学校に行かせたくないと

学校に行かせたいと思った時

 

我が子が

学校に行きたくないと言い出した時

 

そんな

親子っていう人間関係の中から

 

わたしって、なにを大事にしたいと思っているのか

 

こどもに投影して

こどもっていう存在を使って叶えようとしちゃってること

 

たくさん見えてくる。

 

それを認めて見つめるには

ちょっぴり、いや、結構こころが痛かったりするけれど

 

でも、いのちっていう<個>はこんなふうに安心の中で大きく成熟してゆくんだって

大切にしたい本質が見えてくる。

 

 

育て方が接し方が

あーだからこーだから、じゃない。

親の親自身への接し方、扱い方。

 

そこから自然と子どもとのコミュニケーションに波及してゆく。

 

カラダは大人になっちゃった私たちは、自分でしか自分の性(いのち)を成熟させてあげられないし

 

逆に言えば、自分で成熟させられるし、描いてゆけるし、創っていけるんだ。

 

いろんな景色を眺めながら大人だってこどもと、一緒に大きくなってゆこう。

 

 

きっと完璧じゃないから、親にとっても子にとっても味がある物語になってゆくって感じるなあ。

 

 

6月7月もいろんなところに

歌いに、おやつつくりに、心とカラダに触れに

向かいますので

どこかでお会いできますように。

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わたしの出来ることが誰かのお役にたちますように☆