昔はなにかをはじめたりお仕事をつくるのに

資格は必要かなとか
積み重ねてないと
努力してないと
苦労してないと

みたいなこと考えて

それするのにお金も時間もないじゃんって諦めた時期もある。

でもいまは

「いまこれがしたいわたし」を汲んで

かけられる範囲で投資したお金と時間で学んだことをすぐ仕事にする。

資格とかうまくできるとかそういうのより

お客さんとどれだけ一緒に楽しめるかのほうが大事にしたいし

そこに価値をつけて料金を設定して
それを受け取っていいってゆるしたら

パン屋もおんがくもセラピスト業も

べつにいつ始めたってそのときどきのわたしと楽しんでくれるひとたちがちゃんと現れる。

長年積み重ねてキャリア積んでる人からしたら

ふざけんな

って怒られそうだけど。

最初からうまくいかなくたってよくてやってみて決めたらいいはなし。

やってくうちに自然と上達する。

失敗してもいいし
向いてないならやめればいいし

飽きたらやめればいい。

始めるより辞めるほうが勇気いるけどやめてくこともいっぱいあった

(わたしの場合は
だいたい一度始めたことは時が来れば何かのかたちでまたやりたいっておもうのでその時まで寝かす。

まあでもべつに再開しなくてもいい。
自分がやりたきゃやればいい。

結局は自分はどうしたいの?ってところ。

全部自分で決めたらいい。)

でも、「いまやりたい」は今しかない。

それを自分自身が受け取らず、誰が受け取るのかな。

小さな子どもだってそう。

「今やりたい」を

あぶないよ
できないよ

とか大人に言われてはばまれてしまって

それを封印してしまうことがある。

何が好きなのかやりたいのか

わからなくなっちゃうんだよね。

大人になったいま

自分自身に対して、それはしたくない。

今こうしてやりたいことに手当たり次第手をつけ取り組む時間は
子どもみたいだなあとも思うし

反面、生きてるだけで大学に通ってるみたい。

大きなテーマに向けて一見バラバラなようにみえる専攻科目を選択していく。

わたしの場合、実習も多い。笑

でもそれがすごくたのしいし
その中で交れた人のおかげでいっぱい進化させてもらってるし

パン屋にもミュージシャンにもセラピストにもならせてもらって
(講師にだってしてくれた、これは自分が思い描いてた可能性の外にあったことを見つけてくれた)

お客さんになってくれた人には心からのありがとうでいっぱい。

「せっかく生きてるんだから」

っていつも思うんだよね。

ここに生きてる

っていう不思議と、確かだけど不確かなこと。

小さい子だって大人だって、残りの人生は

「余生」。

そう考えたら、今この時って

ボーナスステージ。

やりたいようにやっていいよ
やりたくないことやめていいよ
好きな人に好きっていっていいよ
好きなことを好きっていっていいよ
もっと喜んでいいよ

小さい頃から好きだったことってなに?
一回だけでいいからしてみたかったことってなに?

いま

なにしたい?
どこにいたい?
だれといたい?

そんな風に自分を生きさせてあげてる。

というのも

小さなころからずっと

他の人に見えないものが見えて
聞こえないものがきこえるから

たましいがカラダから離れたらどうなるんだろう?

ってずっと考えてた。

「死」がそばにある感じ、境界線が曖昧。

なかなか波乱万丈でカラフルな半生を送ってきた。

死んでしまいそうになることに直面したこともあって

今ここに生きてることが不思議でもあるし奇跡でもある。

だからこそ、

「生きること」

の輪郭がくっきりしていった。

拾い集めた大好きなツール(職業っていうラベル)をつかって

いまここにわたしとあなたが生きてるってことで起こる化学反応

わたしにとってそれが仕事のやりがい。

「じぶんをシェアして生きていく」

ってこと。

生きてたらもうそれが仕事

そう勝手に自分で設定

笑って泣いて怒って、、

そこからうまれることばや音や手の温かさ仕事たち。

わたしがここに生きてるカケラが

だれかにとって役に立てたら嬉しい。

身体って器にたましいがあるうちは

そうやってめいっぱい生きてやる、って思ってる。

出会えた皆様
お好きなツールで一緒に遊んでくださいね◎

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