今日は長男の12歳の誕生日。

パートナー仕事のため、母子3人でしめやかにお祝い。

ここから、四人で生誕祭、友達と生誕祭、が続く。笑

 

神さまのお祭りみたいだ。笑

 

「ぼくがかあちゃんをお母さんにしたんだね」

 

というように、そうそう、お母さんにしていただきました。

 

腰低く、謙虚に、はい。笑

 

 

 

 

 

12年前、21歳の頃

あのとき突然やってきた

 

「産みたい」って感覚。

 

 

日本中の旅の道すがら着地した京都で、付き合い始めた彼との間に出来たこども。

 

頭では、インド行きたいなって思ってケーキ屋で働いてお金貯めてたけど

 

 

 

 

うん、カラダは完全に子づくりモードだったよね。笑

 

 

 

あの、子どもほしい!!産みたい!!って子宮が突き動かされる感覚って

 

女のカラダで生きてて何度かあったけれど

 

やっぱり純度が高いときに息子さんたちお腹にやってきてくれている。

 

 

 

 

ちなみに長男1歳半のときに離婚。

二年後に同じ父親と未婚で次男妊娠。

風通しのいい距離感で通ってもらう生活。

(おかげさまで穏やかな妊娠期。笑)

 

 

次男産後半年で東日本大震災があり、当時のパートナーと原発の放射能についての見解あわず決別。

 

 

以降、今のパートナーにかぞくとして関わってもらうまでは完全に母子生活。

 

 

いろんなドラマがあった12年。

 

 

 

 

 

マジで育てにくかったんで、、、、、、、

(ガッツ!じゃねえよ、、)

 

 

 

 

 

長男の幼児期を知るひとたち、今の落ち着きぶりにびっくりです。

 

いや、わたしもびっくりです。笑

 

 

めちゃくちゃ優しい子に育ってくれた。泣

 

 

 

たまたま昨日、友達のお家でご飯を食べていてそんな話になり

 

 

「12年のたまものやね」

 

 

と言われて、うれしいはずがすんなりうけとれない自分がいた。

 

 

だって、正直

 

母親としては失格だなってずっと思い続けてきたんだよね。

 

 

 

「わたし、産みたい」

 

だけで産んだけどさ

 

自分の母親力のなさに何度も絶望。

 

 

ずっと、育てたいだなんてこれっぽっちも思えなくなってた。

 

 

なんとなくいいお母さん風装って

最悪だなーわたしってずっと思ってた。

 

 

 

 

 

でもさ、

 

 

産みたいって思っちゃったんだもん。

 

 

 

 

こんなこと言ったら、簡単に子どもできないひとだっていっぱいいるんだからとか超バッシングされそうだけど

 

ごめんねそれはそれ。

 

 

親と子の関係性とか、関わり方にすごく向き合わされたってこと。

 

 

 

簡単に出来ちゃったから

簡単に産んじゃったから

 

でも、始まってみたら育児向いてなかったから悩んでます、、、

 

 

そんなひとっていっぱいいると思うんだよね。

 

 

で、母親として出来ない自分を責めて、虐待して、そんな自分を責めて悲しい結果になったり

 

そうでなくともお母さんの「母親失格自分責めスパイラル」っていっぱいあると思う。

 

 

 

 

わたしも未だに、ある。

自分を責めるとき。

 

でも、快く引き受けてくれるひとたちにどんどんお任せして必要以上に背負ってた母親の役割をひとつひとつ降ろしていったんだよね。

 

 

 

働き方と一緒で

 

性質に合ったかあちゃんを探して、クリエイトしていった。

 

わたしはアップダウンと聴覚過敏があって、音がたくさんありすぎると消耗するとわかったので

子どもたちと離れる時間がどうしても必要で、月に何日かは巡業スタイルで単独行動させてもらってる。

 

 

 

 

量より質が功を奏してか

 

今、めちゃくちゃ家族の仲がいい。

 

ケンカもするけど、ほんとに仲がいい。

 

それは、わたしを「母親」でもそのままにしてもらえてるから。

 

 

どんどん、小さな頃の自己肯定でしかないあのころの安心感を思い出させてくれた。

 

 

 

 

びっくりしたのはね

 

「かあちゃんの子で良かった」

 

ってつぶやいたことがあって、

 

 

ああ、自分が思ってるよりずっと

 

子どもはそのまんまの母親を愛していてくれてるのに

 

 

どこから持ってきたのかわからないものさしをあてて

あーでもないこーでもないって裁いて悪循環になってるのは

 

いつもいつも母親自身なんだ。

 

 

 

小さいひとたちとの暮らしへの理想とか価値観はいろんなのがあるかもだけど

 

 

一緒に居て、たくさんの時間を共有しなくても

親が怒ったり泣いたりしても、負のオーラのときがあっても

スキンシップが下手くそでも

気の利いたことばかけが苦手でも

料理が出来なくたって

 

 

 

【あなたがいてくれて(存在してくれて)嬉しいよ】

 

 

が伝われば、親子の形って何だっていいのかもしれない。

 

 

 

「なんかお風呂入ってて思ったけど、ぼくが生まれただけなのにこんなにお祝いするのなんか

不思議。ただ生まれただけだよ」

 

って言われた。

 

 

 

ああ、わたしはあのとき「ただ産みたい」って動物みたいに子宮が求めるままに産んだけど

この子は「ただ産まれてきただけ」

 

って12年目で思ってるわけね。

 

 

 

 

子どもは勝手に育つけど

抱きしめてあげなきゃいけないと思うけど

 

 

 

大人がさ、もっと抱きしめてもらわなきゃいけないって思う。

 

 

親として、大人として、、とか

親になった瞬間に、そういう風に自分を縛り始めるけど

 

 

 

親になんかなってんじゃねーよ

かっこつけてんじゃねーよ

話しはそれからだと思うんだ。

 

産みたい、に意味なんてなかったし、これでよかったよ。

 

って

 

 

多分わたし史上一番、かっこ悪くって尊い豊かな時間を

 

それを、たーーーくさん受け取らせてもらってる。

 

 

 

 

多分これからも、ずっとね。

 

 

 

 

ありがとうね。

 

 

 

追伸:

あ、これだけは言っておく、

そろそろ下半身が大人になってきたから、人前ではパンツはこうね。捕まるぞ。

 

「今日はここでまどろみのチャイを飲もう」

11/10(土)19:30〜

お気持ち投げ銭制

気流舎〒155-0024 東京都世田谷区代沢 5-29-17 飯田ハイツ1F

 

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来月東京下北沢の小さな小さなブックカフェ気流舎さんにてライブです。

東京でのライブ、とっても貴重。

お相手はウクレレうたうたい横手ありさちゃん。
わたしもCDヘビロテの大好きなうたうたいさん。

この間バンド「晴れツ」でヨーロッパツアーまわってたり
SUNDRAMのボーカルをつとめていたりと

表現力豊かな実力派アーティストです。

なんせ彼女の歌が好き

小さくてあたたかい空間で味わえるありさちゃんの歌声、わたしにとっても贅沢。

下半期イチ楽しみなライブです。

(え?わたしもうたうよ?笑
だいじょうぶ、出演忘れてないよ。笑)

『今日はここでまどろみのチャイをのもう』

東京の喧騒の夜、ちょっとこころしずかにリセットしに来てください◎

https://www.facebook.com/events/674292302964437/?ti=icl