夫婦、友達、恋人、親子、セフレ、、、、とかとか

 

「わたし達の関係ってなに?」

 

って、関係性のラベルにこだわってみたりすることってあるよね。

 

 

 

 

我が家の例でいえば

だれかと一緒に生きるってもっとカラフルで楽しくていいはずなんだ

 

【わたしとパートナー】

わたし34歳、パートナー20歳、14歳差の年の差婚。

田舎で一緒に暮らすために籍入れてみて、制度上は「夫婦」だけれど

恋愛自由(会話の中に普通に恋バナや恋愛相談が飛び交う)

結局別居婚(あ、仲良しですよ)。

 

 

夫婦だし

親友だし

親子だし(あ、彼が保護者ね。笑)

そのときそのときでいろんな関係性になる。

 

 

 

【パートナーとこどもたち】

パートナー20歳、長男12歳、次男8歳。

ぱっと見三兄弟。

 

再婚したら世間一般の認識として自動的に「親子」とみようとされる

(ただし年齢近すぎてぱっと見無理。笑)

 

●長男からしたら、友達と住むようになった気分らしく

認識として父親はオランダにいる血縁のあるお父さん。

 

●次男からすると、父親と過ごした記憶ってあまりなくて物心ついたときにたまに会う血縁のあるお父さんがお父さん?お父さんってなんだ?って感じ。笑

存在としてお父さんぽいひとがお父さん、なのかも、くらい。

でも、パートナーくんには、父親っぽい信頼感や尊敬の念、安心感も抱いているため

お父さんでもある、口にしていることもある。

 

●パートナーくんは、子どもたちと過ごす中で「親子」っぽい感情をいだくようになっている。

 

 

 

(先日パートナーくん20歳生誕祭。我が家に関わり続けてくれた彼も、オトナになった。ま、我が家で一番精神的に大人なんだけど)

 

 

などなど、お互いの納得のいく認識がさまざますぎてひとくくりに関係性のラベルを貼れない。笑

 

 

見る人がみれば、複雑な家庭、とか言われちゃうんだろうけれど

いろんな出来事や感情を共有していたいかたまり。

生きていくチームメイトのような感じ。

 

 

 

子どもたちと歳が近いだけに同じ目線で遊んでくれる彼だからきっとこんなふうになれているのだとおもう。

 

 

父親になろうとして子どもたちに対して教育がはいる相手は、恋愛できても一緒にかたまっていたい家族にはなれなかった。

 

 

親子になろうとしない方が親子っぽいポジションに居られるって面白いなと思った。

 

 

(20歳になった旦那のようなものを札束のようなものでいたぶる嫁のようなもの。嫁のようなものからのプレゼントはおもちゃ銀行100万と、音が悪くて耳が痛くなる笑い袋。そして突然の制裁)

 

 

 

【恋愛のあれこれについて】

大人になるといつのまにか恋愛がスタートをしていて

 

しばしば、「わたしたちって付き合ってるの?」的な関係になっている事ってよくある。

 

 

 

恋人なの?友達なの?セフレなの?

あんたわたしのことどう思ってるの?

 

 

みたいな。笑

 

 

そんなこときっと山ほどあって、その度に関係性のラベルにこだわってみたりしてたことわたしにもある。

 

 

最近は、関係性のラベルって、正直よくわかんない。

「付き合う」ってことすらなんだ?って思う。笑

 

 

で、考察するに

 

 

関係性って全部そこにある事実と距離感でできていて

あとのラベルはお互いの納得できる共通認識の上で出来上がるもの

 

なんだなってわかった。

 

 

たとえば

 

お互いが

 

また会いたい
変わらずラインで日常を共有してたい
大事にしあいたい
またセックスしたい

 

 

そんなひとだってよくあり得ることで、

割と深くまで共有しているけれどセフレというほど軽くもないが

ずっと一緒にいようね、的な恋人というほどでもない。

 

 

じゃあわたしたちなによ?

 

ってなると正直よくわからないんだけど

 

 

 

ただただ、

 

 

また会いたいし会える
変わらずラインで日常を共有してたいしできる
大事にしあいたいししている
またセックスしたいしする

 

という事実がただただ在るだけ。

 

 

 

 

先に述べた(論文かよ)

わたしたち家族の例だってきっとそう。

 

お互い思いたいように思っているから共通の認識がその時その時バラバラで

関係性のラベルってよくわからないけれど、

一緒にかたまっていたいしいれる

っていう事実がある。

 

だから、かぞく。

 

もはや、いろんな出来事や感情を共有しあって楽しく生命を維持する動物の群れ。笑

 

 

 

 

結婚すれば安心、も違うかったし

何かを保障されてるわけでもない。

 

場合によっては足かせになることだってあるわけだし。

 

 

 

 

だってそうであっても、もう「男女としての夫婦」が破綻していて

でも離婚できずにひとつ屋根の下暮らしている人たちだってたくさんいる。

 

 

なんならもうお互い別々にパートナーいて別々に暮らしているのに籍を抜けないために

男女の片方は「夫婦です」とまだ言いたいひとたちだっている。

 

 

 

制度上つながっていれば

一緒に暮らしていれば

血縁があれば

 

ラベルが貼られるわけでもなくて

 

お互いが納得して認識していればラベルって成立するんだなって感じた。

 

 

 

二人が夫婦だと言えば、恋人だといえばそうだし、親子だといえばそうだし

片方が、いや自分たちそんなんじゃない、ってなればもうちがうのかもしれない。

 

 

で、さっきの

 

お互いで共有していることの事実がただあるだけ。

 

関係性って、グラデーションすぎる。

 

 

原色しかない、わけではなくていろんな色がその時その時混じり合う。

だから超カラフルだし、カラフルで素敵だなって感じる。

 

 

 

それを認めちゃえば、自分にも誰かにも

 

画一的な物差しで測ることなくいられる。

 

 

 

見たことない色だとびっくりしちゃうんだよね。

 

絵の具とかクレヨンとかでもあったでしょ、

え、この緑何色?とか

 

うぐいす色ってなによ、とか。笑

 

でも、そうやって無理矢理にでもうぐいす色とか名前つけちゃったら

 

なんかとりあえずそうなんだ、って納得するわけだよね。笑

 

 

これなんてすごいぞ。笑

「神センス!500色の色鉛筆の名前が凄すぎる!」

https://matome.naver.jp/odai/2147078253303914501

 

 

もはやなんじゃこりゃ!っていうネーミングの色もあるけれどとりあえずつけるとこうなるんだろうね。笑

 

ぬかるみのムツゴロウ、、

傷心のティラミス、、笑

関係性もこれくらい多様性で遊べたらいいのにね。笑

 

 

 

だれかと誰かの関係性にも通じるなあって思う。

 

 

 

 

でもきっと、それがあるから安心できるってひともいるだろうし

それが必要って人もいる。

なんとなく、今はちゃんとカタチが欲しい、それだってアリだよね。

 

大事にしたいことはそれぞれ違うから。

 

 

一人一人の持って生まれている性質、いのちの質ってみんな違うから

そりゃ、一筋縄じゃいかないことがあってもおかしくない。

 

わかりやすさ重視で選択したところで合わないことがあっても仕方ないし

ステージもお互い変わっていくしね、常に流動的でいいと思うしその方が自然なこと。

 

 

 

関係性のラベルなんて実はよーく見ると

 

 

いまのわたしとあなた

 

 

ぐらい究極シンプルなものなのだなあって感じちゃったよ。

 

 

そこからうまれる色とりどりの点々が

 

気づけばおっきくてカラフルで壮大な絵になってた

 

ってこと。

 

そう考えると、

 

この色なに?何と何混ぜたらこんな色でるわけ?ってくらい複雑な色の組み合わせのほうが

 

すごく深みや味があったり、するのかもしれないなあって

思ってみたりするんだよね。

 

 

わたしはきっと

 

これ何色?って色を、いろんな人とクリエイトしていくのが好き。

 

恋愛も、家族のカタチも。

 

自分に正直な選択し続けてていつも真剣勝負。笑

 

人間臭い感情も、一筋縄じゃいかないこともたくさんあって然りだし

 

だから生きてるって面白いのかもしれないし

 

それ認めてるから出会いもあるんだろうし

 

いろーんなひとと、「今のわたしとあなた」で生まれるカラフルな絵をいーっぱい描いていたいなあって感じたよ。